勝手に故人の預金を引き出すのはNG? 遺産相続の流れと注意点
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さいたま市が公開する「さいたま市統計書」によると、平成27年以降、毎年1万人前後の方が亡くなっています。そうすると、1年のうちに約1万件の相続が発生していることになります。
突然親が亡くなると、残された家族が葬儀費用や病院の治療費などの支払いを求められることがあります。しかし、その際に手元に十分な現金があるとは限らず、亡くなった親の預金を引き出して支払いに充てたいと考える方もいるでしょう。
このとき、遺産分割が済んでいない段階で、亡くなった親の預金を銀行から引き出してもよいのでしょうか。仮に、勝手に引き出した場合はどのようなトラブルになる可能性があるのでしょうか。
本記事では、このような遺産相続にまつわる疑問について、ベリーベスト法律事務所 大宮オフィスの弁護士が詳しく説明します。
1、故人名義の預金口座はいつ凍結する?
人が亡くなった際、銀行などの預金口座が凍結されて出金できなくなることは一般的によく知られています。では、どのタイミングで口座が凍結されるのかはご存じでしょうか。
口座凍結が行われるタイミングは、金融機関が口座名義人の死亡を知ったときです。金融機関は、以下のような場合に死亡を知ることになります。
- 遺族から死亡の申し出があったとき
- 近隣の方から申し出があったとき
- 地域の連絡網や葬儀に関する告知等があったとき
このようなきっかけがなければ、基本的には、故人の口座は凍結されません。そうすると、通帳やキャッシュカードを使って勝手に預金を引き出され、親族間でのトラブルに発展する可能性があります。トラブルを避けるためにも、故人の死亡はきちんと金融機関に知らせるようにしましょう。
また、凍結された口座は、以降ずっとそのままになってしまうわけではありません。しかるべき手続きを行うことで、解約や名義変更などが可能です。
2、預金の一部を引き出せる払戻し制度とは?
故人の口座が凍結された後、預金を引き出して葬儀などの支払いに充てることは可能なのでしょうか。ここからは、このような疑問を持っている方が知っておくべき「預貯金の払戻し制度」について解説していきます。
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(1)死亡後の出金手続きと民法改正の背景
いったん口座が凍結されると、相続人といえども勝手に預金を引き出すことはできません。凍結後の口座からお金を出すためには、以下のような方法を行うことで可能になります。
- 遺言書に従ったり、遺産分割協議をしたりして、相続の手続きを行う
- 「預貯金の払戻し制度」を利用する
遺産分割協議とは、相続人全員で遺産相続の分配を話し合い、決定することです。
従来の民法では、この協議が終わるまでは故人の預貯金を引き出すことができませんでした。
しかし、令和元年に民法(相続法)が改正され、協議が完了する前に預貯金の仮払いを受けられる「払戻し制度」が設けられました。なぜなら、相続人全員による協議には、それなりの時間が必要な場合もあり、お金が必要になる緊急な場面においてさえも、払い戻しが一切できないという不便さがあったからです。
協議が続く間にも、法事の費用や被相続人の債務の弁済、相続税の支払いなど、次々と相続人が払うべき負担が増えていきます。このような状況を避けるために、「払戻し制度」の導入が行われたのです。 -
(2)払戻し制度によって出金できる仮払金額
払戻し制度を利用する場合、どのくらいの預貯金を引き出してもよいのでしょうか。
口座から引き出すことのできる金額は、次の計算式で求めます。
仮払い可能金額=故人の預貯金残高×1/3×引き出す相続人の法定相続分
たとえば、故人の口座にある預貯金の額が420万円、ある相続人の法定相続分が2分の1であるとします。この場合は、420×1/3×1/2=70万円を相続人が故人の口座から引き出せることになります。
ただし、ひとつの金融機関から引き出せる金額は150万円が上限になっているため、計算上の仮払い可能額が150万円を超える場合は、150万円しか引き出せません。
複数の金融機関がある場合は、それぞれの金融機関で150万を上限として仮払いを受けることができます。
例として、母親はすでに亡くなっていて、父と子ども2人の3人家族だったケースで具体的な計算について考えてみましょう。
亡くなった父親が、○○銀行に1200万、△△銀行に600万の預金を持っていた場合、この預金は相続財産になるものです。残された子ども2人には、1/2ずつの法定相続割合で相続されます。
<○○銀行で引き出し可能な預貯金>
1200万×1/3×1/2=200万円
ただし、上限150万を超えるため、仮払金としては150万円引き出せる
<△△銀行で引き出し可能な預貯金>
600万×1/3×1/2=100万円
上限150万円を超えないので、計算どおり100万円引き出せる
上記の計算により、子ども2人はそれぞれ合計250万円を仮払いで受け取ることができます。
このように、払戻し制度においては、相続財産である預貯金が、複数の銀行に分けられている場合の方が払い戻せる金額が大きくなります。 -
(3)払い戻しを受けるために必要な書類
払戻し制度を利用して金融機関から故人の預金を引き出すためには、いくつか書類をそろえなくてはなりません。
必要になる書類は引き出す銀行によって異なりますが、たとえば、以下のようなものが挙げられます。
- 故人(口座名義人)の除籍謄本、戸籍謄本、もしくは全部事項証明書
- 相続人全員の戸籍謄本、もしくは全部事項証明書
- 仮払いを希望する相続人の印鑑証明書
これらの書類を集め、自分の実印も持って金融機関の窓口で手続きを行います。預金を引き出せるのは、手続きから2~3週間程度で可能です。
なお、仮払制度によって受け取った金額は、後から行われる遺産分割協議ですでに受け取った遺産の一部として計算されます。いわば、遺産の先取り分だと考えておきましょう。 -
(4)払戻し制度を利用すると、相続放棄ができなくなるかも
払戻し制度を活用するときの注意点としては、相続放棄ができなくなる可能性があるということです。
相続放棄とは、亡くなられた方が保持していた財産の相続権を放棄することをいいます。たとえば、故人の借金というような、相続財産のマイナスが多い場合などに利用されることが多い手続きです。
また、預金を引き出した後、生活費や娯楽費などに消費した場合は「相続財産の処分にあたる」とみなされるケースがあります。そうすると、相続放棄をすることができなくなります。
ただし、引き出した預貯金を常識的な範囲で葬儀代に充てるといった場合は「相続財産の処分にあたらない」とみなされ、相続放棄ができることもあります。
3、相続人が勝手に預金を引き出したとき、考えられるトラブルとは?
払戻し制度は、法律で定められた相続人の権利です。したがって、正しい方法で払い戻す場合には、問題ありません。
しかし、この制度を使わずに無断で故人の口座から出金してしまうと、さまざまなトラブルを招くこともあるため、注意が必要です。
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(1)不法行為や不当利得
口座名義人が死亡した際に、他の相続人の相続分を引き出してしまう行為は他人の財産を侵害するものとして、不法行為になります。そして、不法行為により他の相続人に損害を与えたとして、他の相続人から損害賠償請求をされるケースもあるでしょう。
また、故人の預金について、他の相続人の取得分まで勝手に引き出してしまうことは、不当利得にも該当します。このような場合、他の相続人から相続分に相当する金額を返還するよう請求される可能性も考えられるでしょう。 -
(2)刑事処分の可能性も
相続人が勝手に故人の預金を引き出した場合、いずれ自分が自由に使えるようになるお金なのだから何も罪に問われないだろうとお考えの方は注意が必要です。勝手に引き出してしまった方は、刑事事件として処罰されることがあります。
原則として、親族間では窃盗罪や横領罪で刑事罰を科されることはありません。これは、刑法上の「親族相盗例」という特例が適用になるためです。「法は家庭に入らず」という考え方から、一定の親族間での窃盗や横領は、家庭内で解決するべき問題として刑事上の罪に問われないという仕組みになっています。
ただし、親族相盗例によって刑が免除されるのは、被害者の配偶者と直系血族、同居の親族のみです。
直系血族とは、親、祖父母、子どもや孫などの被害者と直接血がつながっている親族を指します。同居の「親族」とは、同居している六親等内の血族、配偶者、三親等内の姻族のことです(民法725条)。
したがって、これらに該当しない人物が故人の預金を勝手に引き出してしまうと、親族相盗の特例の対象外になり、罪に問われる可能性があります。
4、相続問題を早期に弁護士に相談するメリット
相続に関する問題は弁護士に相談できるものだと、漠然と理解している方も少なくないでしょう。ここからは、早い段階から弁護士に相談するメリットをご紹介します。
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(1)払い戻しによるトラブルを未然に防止できる
令和元年の民法(相続法)改正により、相続人は故人の口座が凍結された後も一定の額までは引き出せるようになり、便利になりました。とはいえ、仮払いの手続きにはすべての戸籍を集めたり書類をそろえたりすることが求められるなど、一定の手間と労力が必要です。
また、仮払いは法律で認められた制度とはいえ、他の相続人が知らない間に出金手続きをしたことによって、相続人同士の不信感を招くケースもあります。相続人同士でのトラブルは、損害賠償や不当利得返還請求などに発展することも考えられるでしょう。
さらに、遺産の仮払いをすると「相続の単純承認」をしたとみなされ、相続放棄ができなくなる可能性があります。
このような相続に関するトラブルを未然に防ぐためにも、弁護士に早めに相談して、適切な形で進めていくことがおすすめです。 -
(2)遺産分割協議を速やかに進めることができる
仮払いは、あくまで仮の手続きであり、故人の預金全額を引き出すことはできません。
相続人の間できちんとした遺産分割協議を行わなければ、最終的な遺産の精算にはたどりつかないのです。しかし、実際の遺産分割協議では、相続人間の利害が対立しがちで、うまく進まない場合もあります。
また、寄与分、特別受益や遺産の評価など、遺産分割で固有の法的問題に詳しくない方は、専門家によるアドバイスがなければ、自分に不利に進んでしまうこともあるでしょう。
早めに弁護士に相談することで、相続人の主張の正当性を的確に判断したり、また、速やかに遺産分割を進めたりすることができます。 -
(3)遺産分割協議書を間違いなく作成できる
遺産分割協議の結果は、法的に有効な書面に残すことが必要です。
預貯金や不動産など、さまざまな遺産の分割をスムーズに行うためには、遺産分割協議書がそれらの手続きにすべて適合していることが絶対の条件になっています。もしも、遺産分割協議書の記載内容に不備があれば、相続人全員でやり直しです。
このようなことを避けるためにも、弁護士に依頼して、遺産の内容に応じた有効な遺産分割協議書を作成してもらうことがおすすめです。
5、まとめ
相続にまつわる問題は、おひとりおひとり事情が異なります。意図せぬトラブルを避けたり、適切な形で手続きを進めたりするためにも、弁護士に相談することがおすすめです。
ベリーベスト法律事務所では、相続関係の経験が豊富な弁護士がさまざまなご相談に応じています。ご自身の納得のいく遺産分割協議が進められるように、大宮オフィスの弁護士が力を尽くします。
相続に関して、疑問やお悩みがある方は、ぜひお早めにご相談ください。
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