商標の先使用権とは? 要件・効果・立証の難易度などを弁護士が解説
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埼玉県内の地名に由来する商標には、「草加せんべい」や「岩槻人形」など、有名なものがいくつか存在します。
自社で考えた商標を、商標登録せずに使用し続けていたところ、別の事業者によって商標登録がされてしまったらどうなるのでしょうか。実は、このようなケースについては、「先使用権」という権利を根拠として、商標を使い続けることが認められる場合があります。
この記事では、商標の先使用権の概要・要件・効果・立証の難易度などについて、ベリーベスト法律事務所 大宮オフィスの弁護士が解説します。
1、先使用権とは?
まずは、商標の先使用権がどのような権利であるのかについて、基本的な点を押さえておきましょう。
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(1)他の人に商標登録されてしまった商標を使い続ける権利
先使用権とは、商標登録がなされた商標について、以前から使い続けている事業者が他にいた場合に、当該事業者がその商標を使い続けられる権利をいいます(商標法第32条第1項)。
商標法上、商標登録には「先願主義」、つまり先に出願した人のみが商標登録を受けられるというルールが取られています(商標法第8条第1項)。
そのため、たとえ以前からある商標を使い続けている事業者がいたとしても、他の事業者などに先に商標登録をされてしまえば、それ以降はその商標を使えなくなるのが原則です。しかし、その商標が世間的に有名である場合には、消費者のその商標への信頼を保護し、その事業者の企業努力を守ることが公平といえるのではないでしょうか。
そこで、次の項目で解説する一定の要件を満たす事業者については「先使用権」を認めて、他者に先に商標登録をされてしまったとしても、例外的にその商標を使用し続けることができるようにしたのです。 -
(2)商標権者の許可は不要、ライセンス料も無料
先使用権が認められる場合、商標を使用し続けることについて、商標権者の許可を得ることは不要です。そのため、商標権者に対してライセンス料を支払う必要もありません。
ただし、商標権者などが請求した場合には、原則として、先使用権者は自社が使用する商標について、商標権者と先使用権者の商品・サービスが混同されることを防ぐのに適当な表示を付す必要があります(商標法第32条第2項)。
2、先使用権が認められる要件とは?
先使用権は、商標登録以前から商標を継続使用する事業者を救済する制度ですが、以下に掲げる要件をすべて満たさなければ認められません。
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(1)商標登録前から国内で当該商標を使用していたこと
まず、他の人によって商標登録が行われる以前から、日本国内において当該商標を使用していたことが必要です。
先使用権は、商標登録以前から当該商標を継続使用する事業者を救済するという趣旨で設けられた権利であるため、上記の要件が要求されるのは当然でしょう。 -
(2)不正競争の目的がないこと
また、商標の使用に不正競争目的がないことについても要件とされています。
不正競争の目的とは、他人の信用を利用して不当な利益を得る目的のことをいいます。
不正競争目的があったか否かの判断は難しいですが、たとえば以下のような時系列・経緯で商標の使用が開始されたような場合には、不正競争目的が認定されることが考えられます。- ①X社がPという商標を使用開始
- ②Y社がX社の商品と混同させる目的で、同一のPという商標を使用開始
- ③X社がPを商標登録
- ④Y社がPの先使用権を主張
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(3)自分が当該商標を使用していることが広く知られていること(周知性)
先使用権の要件の中でもっともハードルが高いと考えられるのが、「周知性」の要件です。
周知性とは、先使用権を主張する事業者などの商品・役務を表示するものとして、その商標が一般消費者(需要者)の間で広く認識されていることをいいます。周知性は「商標登録出願の時点で」認められることが必要です。
なお、周知性の範囲については、全国的に周知性が認められることまでは必要なく、一地方において広く知られているという程度でも良いと解されています。 -
(4)商標を継続して使用していること
さらに、先使用権を商標権者に対して主張するためには、先使用権が成立する要件がそろった時点から、商標権者から商標の使用差し止め等を請求された時点まで、商標を継続して使用していることが必要です。
ただし、その商標の使用の中止が一切許されないわけではなく、中止の理由、中止期間、周知性の程度等を総合的に考慮して、中止後の商標使用が他者の商標登録出願時点での使用の継続と評価できるのであれば、一時的な中断があっても許容されると解されています。
3、先使用権の立証は難しい
商標権のような明確な権利とは異なり、先使用権の成立の有無はケース・バイ・ケースの判断となるため、認められるかどうか不透明な部分があります。
一般的に、商標権者に対して先使用権を主張した場合、先使用権が認められるためのハードルはかなり高いと考えられています。
その理由について解説します。
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(1)周知性の要件は抽象的
先使用権の要件のうち、一番のネックとなるのが「周知性」です。
たとえば、商標を自社が使用していると主張する場合、以下の点が問題となります。- どの程度の地域で広く知られていれば良いのか
- そもそも「広く知られている」とはどの程度の認知度を意味するのか
そのようなとき、要件が極めて抽象的であることが立証のハードルを高めているという現状があるのです。また、商標使用の認知度を立証するためにはさまざまな間接事実を積み上げる必要があります。そのため、訴訟になれば膨大な証拠を提出しなければならなくなる可能性があります。
さらに、周知性の要件については、商標権者からもさまざまな反論の余地があるため、裁判所が先使用権の有無について判断するまでに時間がかかってしまうことも十分に考えられます。このように、特に周知性の要件は、抽象性が高いがゆえに立証が難しい傾向にあるといえます。 -
(2)先使用権を主張する側がすべての要件を立証する必要がある
また、周知性の要件だけでなく、他の要件についてもすべて、先使用権を主張する側が立証する必要があります。
もしひとつでも要件の立証に失敗すると、先使用権は認められなくなってしまうので、事前の慎重な検討と準備が必要です。
4、商標登録をするメリットとは?
先使用権によって商標の継続使用が認められるケースもあるとはいえ、やはり自社が使用している商標については、商標登録を行っておくほうが安全です。
以下では、商標登録をすることのメリットについて解説します。
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(1)他人の商標権を侵害していないことを確認できる
商標の出願が認められて商標登録が行われた場合、その商標は他人の商標権を侵害していないということについて、特許庁からのお墨付きが得られたことになります。
もし商標登録をせずに商標を使い続けていると、知らないうちに他人の商標権を侵害してしまい、損害賠償請求や差止請求を受けてしまうかもしれません。このような事態を避けるためにも、商標登録を行っておくことが無難です。 -
(2)他人に商標を模倣された場合に法的手段を講ずることができる
商標登録を行うと、登録時の指定商品・役務とそれに類似性の高い商品・役務について、当該商標またはそれに類似性の高い商標を他人が許可なく使用することが禁止されます。
したがって、商標登録をした商標を他人に模倣された場合には、商標権侵害を根拠として、損害賠償請求や差止請求を行うことができます。 -
(3)他人に先に商標登録をされるリスクを防げる
自社で使用している商標について、商標登録をしないでおくと、他の事業者などに先に商標登録をされてしまう可能性があります。すでに解説したとおり、商標登録は先願主義を取っているので、後から商標の使用を開始した事業者であっても、先に出願をすれば、商標登録が認められてしまう可能性があります。
他者の商標登録がされてから、「うちの会社の商標をまねしたのだから商標権は無効だ!」と争うことができないわけではありませんが、一定期間が経過した場合にはそれもできなくなってしまいます。先使用権が認められれば、自社が商標を使い続けることだけはできますが、先使用権を立証するハードルが高いことは、すでに解説したとおりです。
商標登録で先を越されてしまうと、最悪の場合自社の商標が使えなくなってしまうリスクがあります。したがって、早めに商標登録を行っておくことを強くおすすめします。
5、まとめ
商標登録で他の事業者などに先を越されてしまった場合でも、自社に先使用権が認められることを立証できれば、商標を引き続き使用することが可能です。しかし、先使用権を立証するハードルは高く、失敗するケースもあるため、最悪の場合、愛着のある商標が使用できなくなってしまうリスクがあります。
そのため、自社で使用している商標については、早めに商標登録を行うことをおすすめいたします。ベリーベスト法律事務所では、特許・商標などの知的財産権を専門に取り扱うグループ法人が存在します。そのため、弁護士への法律相談とともに、特許・商標の登録出願業務についても連携をとり、ワンストップで対応することが可能です。
自社で使用している商標について、商標登録を検討している事業者は、ぜひ一度ベリーベスト法律事務所にご相談ください。
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